昭和の大スターである島倉千代子と、大物占い師の細木数子の間には深い因縁が存在しています。
4月29日にネトフリで始まった、「地獄に堕ちるわよ」にて細木数子の人生を綴ったドラマにて、その関係性が露わになったことから、
インターネット上で細木数子と島倉千代子の間に何があったのかと調べる人が絶えません。
巨額の借金を抱えた島倉千代子を細木数子が救済した関係に見えましたが、後年に泥沼の確執へと発展しました。
結局、細木数子と島倉千代子の間に何があったのか、事実関係を明確にまとめました。
細木数子と島倉千代子の間に一体何があったのか?
島倉千代子は、「東京だヨおっ母さん」などの大ヒット曲を持ち、紅白歌合戦にも35回出場した昭和を代表する国民的歌手です。
順風満帆に見えた芸能生活でしたが、1975年頃、知人の眼科医などの連帯保証人になってしまった結果、13億円から16億円とも言われる莫大な借金を背負ってしまいます。
連日債権者に囲まれ、絶体絶命の危機に陥った島倉千代子の前に現れた人物が、後に「六星占術」の大物占い師としてテレビを席巻する細木数子でした。
細木数子は自身が持つ幅広い人脈を駆使して債権者を一堂に集め、強気な交渉を行い、その結果、膨れ上がった借金を「現金3億円」にまで大幅に減額させるという離れ業をやってのけます。
その後、細木数子は「ミュージックオフィス」という事務所を設立し、島倉千代子の興行権(コンサートなどを開催する権利)を握ってマネジメントの実権を手に入れました。
しかし、島倉千代子は借金返済のため、地方のキャバレーやクラブなどで休む間もなく働かされさらに、どれだけ働いても稼いだ収入の多くは細木数子側の事務所に吸い上げられ、島倉千代子自身の借金は一向に減らなかったと言われています。
搾取とも言える状況に耐えかね、最終的に1981年、レコード会社である日本コロムビアが介入。2億円の違約金(解決金)を支払う形で、島倉千代子はようやく細木数子との縁を切るに至りました。
島倉千代子が背負った巨額の借金
悲劇の始まりは1961年、島倉千代子が目に大怪我を負ったのち、眼科医を信用したうえで、事業失敗に陥り、倒産の保証人として被害を受けてしまったことです。
裏切りはこれだけではなく、プロ野球・阪神タイガースのスター選手であった元夫の藤本勝巳も事業に失敗し、離婚時に多額の借金を残しました。
さらに、信頼していた事務所のマネージャーたちも不正に関与していたとされ、借金は雪だるま式に膨張していったといわれています。
彼女の
人を疑わない純粋な性格
が完全に仇となり、周囲の人間から食い物にされる形で孤立無援の状態へと突き落とされました。
周囲の裏切りによって押し付けられた借金は、当初の4億3000万円から、高額な利息が重なることで最終的に約16億円(諸説あり)という途方もない金額にまで膨れ上がりました。
当時の彼女の年間収入は2億2000万円ほどあったと言われていますが、それでも到底返しきれる額ではありません。
自己破産という道を選択せず、全額返済という生活を選んでいます。
細木数子の登場と、二人の密接な関係の始まり
島倉千代子は細木数子と出会い、借金16億→3億までの減額に成功しており、
それから島倉千代子は
・細木ママ
・大恩人
といったふううに深く慕うようになったといわれています。
しかし、巨額の借金の肩代わりをしたことで、島倉千代子は自身の「実印」と、公演やテレビ出演などを取り仕切る「興行権」を細木数子に渡すことになります。
島倉千代子に地方のキャバレーやナイトクラブでの営業を激増させ、当時の島倉千代子は年間2億2000万円という莫大な収益を生み出していたと言われています。
しかし、細木数子から「てめぇ」「死ぬ気でやれ」といったヤクザ口調の厳しい叱咤を受けながら馬車馬のように働いたにもかかわらず、3年経過しても借金は減るどころか逆に増大していったといわれています。
島倉千代子は細木数子に騙されたと噂される理由
細木数子が設立した芸能プロダクションは、島倉千代子に全国のキャバレーやクラブを巡業するスケジュールを休みなく課しています。
華やかなテレビ番組や大舞台での活動を封印させ、地方の場末での営業活動を中心とする方針へシフトさせます。
細木数子の介入は、当初は暴力団関係などの恐ろしい債権者を退けた見事な救済劇に見えました。
しかし、実印と興行権を掌握して島倉千代子をロボット同然にコントロールした事実を見ると、完全にビジネスとしての支配が強まっていった構図が浮かび上がります。
島倉千代子は当初、細木数子を「細木のママ」と慕っていましたが、
2005年の著書出版会見で「法律が許せば、自分の手で刺したい」と激しい恨みを口にしました。明確な名前を出さなかったものの、長年の利用疑惑を象徴する発言としてマスコミに取り上げられています。
借金の危機からの「救済」から始まった関係が、実質的な「搾取」へと転じた歴史があるゆえに、後世のネット上でも「島倉千代子は細木数子に騙された」というイメージが定着しています。
泥沼化する二人の確執と決別の時
島倉千代子は、度重なる労働状況で、精神的・身体的にも限界を迎え、
自由を求める姿勢を見せ始めましたが、細木数子は島倉千代子を「自分の思い通りに動くロボット」と見なしており、反抗を一切許しませんでした。
細木数子による精神的支配が強まれば強まるほど島倉千代子の反発も大きくなり、両者の確執は芸能界でも隠しきれないほど表面化して泥沼化していきました。
日本コロムビアの介入により、島倉千代子は細木数子の支配から完全に解放されますが、
それまでの恨みに対しては、2005年の著書出版会見にて発表されています。
まとめ
島倉千代子が抱えてしまった巨額の借金問題に細木数子が介入し、絶体絶命のピンチを救った関係から物語はスタートしました。
借金問題という絶望的な状況下において、細木数子の存在が一時的な救いであったことは間違いありませんが、
ビジネスとして徹底的に管理され、心身ともに追い詰められた島倉千代子の苦しみもまた紛れもない真実でした。
この光と影の関係性が描かれることとなった、地獄に堕ちるわよは見て損はない作品といえますね。

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